はちみつの中をおよぐ

今日とこれからのこと

できること、とできないこと

誰かが当たり前にできることを
できない自分に対して
苛立ちを感じるときがあるのだけど。

最近気づいたのは
そんなの最近始まったことじゃない、ということ。

よく考えたら、
学生のときも苦手なことがたくさんあって
社会人になっても、できないことがたくさんあって
今も、前よりはできることが増えたけど
苦手なことはまだまだ、たくさんある。

表面的に同じことであっても
その人の思い入れや辛さは比べようがない。

いざこざを避けるためには、まあ表面上同じことをするしかないのだけど。

できる側の人ができない側の人に言うことって
私はやっぱり抵抗があって、
論理的に間違っていなければなおさら
「正しいこと」のように聞こえて
正直、「正しさ」ほど相対的なものはないと思う。

人に対しても、できないことを怒っても仕方ないと思うのだけど
たとえば「ここではこうするのが賢いよ」ということを
教えてあげるのが教育だとしたら
少しは指導してあげれるのかな、と思う。

人と関わる以上、相対的な判断になりがちなのですが
自分の価値を決めるのは自分でいたい、
と思ってはいるのです。

 

カフカの曲で

死にたくなる時も

あなたが生きるなら生きていたいと思えた

みたいな歌詞があって、最近はカフカの曲に癒されています。

まあ死にたくはならないけどさ、

死んだら楽しいこともできなくなるし。

でもそういうことを言ってくれることって

なかなかないから。

音楽って必要だなーと思ったり、します。

 

それではまた。