はちみつの中をおよぐ

今日とこれからのこと

ずっと前に会ったひと

ずっと前に、少しだけ会った人、で、今でも覚えてる人が何人かいる。

 

そもそも職業を転々としていたので、

その時の同僚や、

20代前半に参加していた社会人サークルで会った人、

そこで知り合って、お互いの友達を誘って遊んだひと夏の友達(恋愛にはならなかったのよね…)、

当時の彼氏のつながりで知り合って、彼と別れても飲みに行く仲だった人たち、

そこで知り合った、数回だけ飲んだ素敵な人、

間接的にでも、私のわがままのために協力してくれた人(後から知ってお礼のしようもない、という後悔と、多分ずっと忘れない感謝とか)、

お節介にも、社会人として未熟だった私を、許して教えてくれた年上の先輩、

なにかのイベントで(多分)お互いに気になって目があったまま話す機会がなかった恋愛未然の人、

 

今も会いたいとか、いつでも会えるという関係ではないのだけど。

忘れられない人が、たくさんいる。

 

そういう事を、私は忘れないでいきたいな、と思う。

「重たい」と言われるのは、他人にその気持ちを押し付ける行為のことで、

自分の過去を、実感として心の隅っこに取っておくことには

誰も否定する権利はない。

 

そういう無法地帯を、心の隅っこの、

例えばハニカムの1つみたいに作っておくことで、

きっと今の私は成り立ってる。

 

過去に囚われて、

あの頃はよかった、みたいな事は言いたくないし、

正直辛かったり今起こったら怒りだしそうな事態もあるのだけど(笑)、

一旦時間が過ぎてしまえば、

ちゃんと抱えて自分の一部として持っていきたい、

大切なものばかりです。

 

 

決めてから動かなくてもいい

ひとつのことに集中できる人になりたい、のと

同時にたくさんのことを考えられる人になりたい、のが

両立していて、どっちにしようか決めかねているんだけど。

 

そもそも決めてから動くんじゃなくて

動いてるうちに、どっちが自分に合ってるのかわかるもんだよな~

と思った。

決めてから動こうとする悪い癖がよく出る。

 

決めたところで

自分が計画通りにできない、っていうのはわかってるんだよ。

 

同じ質問と回答をずーっと繰り替えしていくのが

大人なんだろうか。。。

 

子供のときみたいに

いくつになっても自分自身をアップデートしていきたい。

 

 

できること、とできないこと

誰かが当たり前にできることを
できない自分に対して
苛立ちを感じるときがあるのだけど。

最近気づいたのは
そんなの最近始まったことじゃない、ということ。

よく考えたら、
学生のときも苦手なことがたくさんあって
社会人になっても、できないことがたくさんあって
今も、前よりはできることが増えたけど
苦手なことはまだまだ、たくさんある。

表面的に同じことであっても
その人の思い入れや辛さは比べようがない。

いざこざを避けるためには、まあ表面上同じことをするしかないのだけど。

できる側の人ができない側の人に言うことって
私はやっぱり抵抗があって、
論理的に間違っていなければなおさら
「正しいこと」のように聞こえて
正直、「正しさ」ほど相対的なものはないと思う。

人に対しても、できないことを怒っても仕方ないと思うのだけど
たとえば「ここではこうするのが賢いよ」ということを
教えてあげるのが教育だとしたら
少しは指導してあげれるのかな、と思う。

人と関わる以上、相対的な判断になりがちなのですが
自分の価値を決めるのは自分でいたい、
と思ってはいるのです。

 

カフカの曲で

死にたくなる時も

あなたが生きるなら生きていたいと思えた

みたいな歌詞があって、最近はカフカの曲に癒されています。

まあ死にたくはならないけどさ、

死んだら楽しいこともできなくなるし。

でもそういうことを言ってくれることって

なかなかないから。

音楽って必要だなーと思ったり、します。

 

それではまた。

 

まとめ発言、に思うこと

やっぱり○○はこうだよね、とか
少しのことでも強調したいために
まとめて言いたくなりがちだよね。

やっぱり日本人は―とか
最近のテレビは―とか、
そうじゃない人もたくさんいるのに。
(そんなこと言ったらなんにも言えなくなりそうだけど)

まあ、なにを言っても一個人の意見でしかないんだけど
言われた方は、いやいやそれが全部じゃないし
と思うわけで。

私だったら
インターネットが好きなので
マナーがどうのいじめがどうのでインターネットはよくない、と
はっきり言われると
(なにかしら嫌な思いをした人だったりすると余計に)
いやいやこんないい使い方もありますよ
って思うんだけど、有無を言わせず完全シャットアウトの人もいて。

なので
少なくとも周りにそのジャンルの人がいるときは
「まとめ発言」、気をつけなきゃな、と思うこの頃。

好きなものほど、まとめて言いたくなるんだけどね。
あとから、そこまで言えるほど自分は全部を知っていたのか・・・
と後悔をしてしまうことも。

脳科学の茂木先生は、後悔は基本的にしなくていいって言ってたな。

終わってしまったことは変わらないから
「はっ」と気づいた時から改める

のだそうです。

茂木先生のLINE BLOGを購読していると
いろいろな気づきが柔らかく生まれるので、いいですよ。

 

 

 それでは

今日もいい日になりますように。

 

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ブログをはじめてみよう

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なんとなくだけど

寂しいときとか悲しいときに文章を書きたくなる。

 

そんな気分なので

ブログをはじめてみました。

 

なにが悲しいかと言われたらわからないけど

自分でも

なにがほしいとか、どうしたいとかわからないけど。

 

形になる前の気持ちがたくさんある気はしているけど

ほんとにあるのか、無いのか

書くことで

消えていくなにかが消えずに残ればいいかな

なんて思っています。

先日30歳になったので

なにか思うところがあったのかもしれません。

 

ゆるりといきましょう。